家族写真を残す事の意味について考えてみた

Posted on
Pocket

こんにちわ。
関東を中心にフリーランスで活動しているカメラマンの高野です。

前回facebookの投稿で家族写真のススメとして簡単に意見を書かせて頂きましたが、
今回改めて記事としてこちらでも記載したいと思いますので、ぜひ読んで頂ければと思います。

実は今月上旬に祖母を亡くしました。
1月に救急車で運ばれ、そこから約2か月入院してからでした。
入院直後は五分五分と言われてましたがそこから回復に向かい、
一般病室にも移り、会話もできるようになりましたが、
結果的には回復しきることなく亡くなってしまいました。

自分はいわゆるおばーちゃん子だったので、今もまだポッカリと穴があいたような感じですし、
書きたいことや言いたいこと、たくさんありますが、ここでは一旦割愛致します。

葬儀のために遺影となる写真を探しておりましたが、
ちっちゃい頃はたくさん祖母と旅行にいって、一緒に撮った写真がたくさんありました。
祖母の笑顔の良い写真もたくさん残ってました。

だけど、ここ最近15年くらいはほとんどなく祖母ひとりの写真も、
ましてや一緒に写っている写真は1枚もありませんでした。

それに気づいたときに物凄く後悔しましたし、
なんで撮ってあげなかったんだろう、なんで一緒に撮ろうって言えなかったんだろうと、
今でも毎日後悔する日々です。

ちょっとした思春期の照れをそのまま引きずってしまっていたんでしょうね。
一緒に写真撮ろうっていうことがなんだか恥ずかしくて言えなくて、
一緒に写ってる写真はかなり前のものが最新ということになってしまいました。

実は入院してから退院したら記念に撮ろうと言おうと思っていたので、
なおさら「なんでもっと早く言わなかったんだよ」とさらに後悔もしました。

写真はたかが写真と言われるかも知れませんが、
人が亡くなったあとにその人の顔や雰囲気、また思い出などを写し取って残しておけるものです。
遺族や友人の方にとってはその写真があるかないかで気持ちの整理のつけ方も変わってくると思います。

写真を見ながら「こんなことしてたね」「こんな顔してたね」とみんなで思い出話や故人について語ることができます。

写真がないとどうしても自分の記憶だけになるので、誰かと共有するということが言葉だけでは難しく、また忘れてしまったときに後悔すると思うのです。

 

自分と同じように大好きな人が、大好きな家族が亡くなってしまったときに後悔してほしくないと思います。
もちろんまだ皆さん元気な方が多いと思いますが、いつ亡くなるかなんてのは誰もわかりません。
明日、来週、来月大好きな誰かが亡くなるかもしれないのです。

もちろんそれの為だけに家族写真を撮った方が良いというわけではありませんが、
誰かがいなくなったときに個人的にも写真は心の支えになり得るので日頃から
大好きな人たちの姿は残しておいたほうが良いと思います。

毎年誰かの誕生日に家族みんなで写真を残したり、
正月を迎えたらみんなで写真を残したり、
そういった形でたくさんの家庭で写真を残す慣習が出来たら良いと思います。

スタジオに毎回家族でお出かけして撮影するもよし、
カメラマンに家まで来てもらって撮影するもよし、
カメラマンと家族でちょっとお出かけしてロケ撮影するもよし、
セルフタイマーでみんなで写るのもよし、なんだって方法は良いんです。

facebookの記事に書きましたが、
自分みたいに「一緒に写真撮ろう」と言えない人は
カメラマンのせいにしちゃえばいいんです。
「カメラマンがどうしても家族写真の協力してくれって言ってて・・・」
こんな感じでカメラマンを言い訳にして誘ってみてください!

自分はこういう嘘は大好きだし、全力で話を合わせます^^

今回自分自身が家族を亡くし、写真の持つ強さや
一緒に撮っておきたかった後悔を実感しました。

タイトルにある家族写真を残す意味ですが、
個人的には簡単に言うと「後悔しない為」だと思います。
亡くなった後に人は「〜してあげれば良かった」などの相手に対しての後悔をすると思います。
一緒に写っている写真がないのは自分に対して「一緒に撮れば良かった」という後悔が出てきます。
一緒に写った写真を渡していたらもっと喜んでくれたんじゃないか、と相手に対しての後悔も出てくるかもしれません。

皆さんには後悔せずにたくさんの思い出と写真を残して欲しいと思います!

そんな皆さんからご依頼頂ければどこまででも行きます。
たくさんのご家族の方の撮影させて頂ければと思いますので、
引き続きよろしくお願いします。

 

高野和希

Pocket